インタビュー
玉原高原の森に一目惚れ
男の子
…つつみさん一家は、なんで玉原高原に移住してきたんですか?
両親が自然大好きで、いつか自然の中で暮らしたいと考えていたところ、ペンション経営者募集があったそうなんです。で、見学に来て、目の前に広がる森に一目惚れしたらしくて(笑)。
両親はこの森の素晴らしさを伝えたくて、長年、ペンションのお客様向けに森の案内ガイドをしてきました。私は大人になってからしばらく東京で暮らしていたんですけど、自然に寄り添う暮らしがどうしても忘れられなくて、両親を手伝うために戻りました。
女の子
…こんなすごい森、見たことなかった。
でしょう!ここは、関東最大級のブナの森。落葉広葉樹って、四季折々に木々の色が変わり、本当にきれいなのよ。日経新聞に載った「専門家が選ぶ、散策したいブナ林」で日本第2位になったくらい!
森に入って、木漏れ日が差し込む中をサクサク枯葉を踏みしめながら歩くと、土の匂いや虫や動物の気配まで感じられて。五感が刺激されるというか、何十年住んでいてもワクワクします。
自然の力を感じ、味わう
男の子
…つつみさんちの水道水が美味しくてびっくり。
腐葉土の積もった森の土に染み込んだ雨水は、土の隙間で濾過されて、澄み切った水になるの。だから水道水も本当に美味しいのよ。
森は天然のダムってよく聞くけど、ブナの根の保水力って1本あたり年間8トン(胸高直径30㎝の場合)と言われているの。この森のおかげで、豪雨になっても土砂崩れなどの災害が起きないでくれるんだと思う。
女の子
…つつみさんの畑のトマト甘くて美味しかったぁ。
自然任せで育てているからかなぁ。太陽の下で風に揺られてのびのびと育った野菜は、本当に美味しい!野菜嫌いの子も、自分で収穫した野菜をサラダにして出したらペロッと食べたりします。
あの畑は、私が3年前に、以前の持ち主の方が放置されていたのを引き継いで始めたんだけど、せっかくなら自分のやり方で育てたいと思って。本や動画を参考に試行錯誤して、いろんな野菜を無農薬で育てている自慢の畑なの。
男の子
…もっと、つつみさんの畑のこと聞きたい!
一言で言うと、畑仕事は「命がけの真剣勝負」ってことかな。そんな広い畑ではないのだけれど、一人の作業だから本当に大変。土を耕すだけでも滝汗だし、山の麓で周りに人がいないから、熱中症やスズメバチに刺されないように自分を守らないといけないの。
逆に、注意していても土を耕すたびにミミズやカエルを殺してしまい、土が血だらけになって衝撃を受けたり。私たちが食べるために、生物たちの命までいただいているんだなって。
何よりも、土の中の微生物やミミズ、受粉のための蝶や蜂など、多くの生物の力を借りないと野菜は育ちません。畑の命の営みを知って豊かな環境を整えることが大切だから、野菜くずに米ぬかや落ち葉を混ぜて、腐葉土を作ることから始めたの。腐葉土を土に混ぜると、微生物が増えてフカフカの畑になるのよ。
命が、命を支えている
女の子
…実は、虫が苦手で。
虫が苦手って言う子、多いのよ。でもね、森にはたくさんの虫や動物、植物がいてそれぞれに役割があるの。それを知ればきっと虫とも仲よくなれるんじゃないかな。
生物多様性って難しい概念だけど、私なりにひと言で表すと「命のつながり」。そもそも、虫や生物こそが住人。虫がたくさん棲める里山の環境は、人の暮らしともつながっています。様々な生き物が、同じ生き物である人間の命を育んでくれる。だからこそ、人間も森を守る必要があるって思うんです。
男の子
…こんな美しい森にも、何か問題ってあるの?
一見、何もなさそうでしょう? でも、異常な集中豪雨が続いたり、雪質も変わってベタ雪が多くなってきたり、秋の紅葉が色付かず葉が茶色っぽくなってきたりと、地球温暖化で自然界のバランスは確実に壊れてきていると感じています。
例えば今、この辺りは鹿が大増殖しているんです。鹿が樹皮や下草を食べ尽くすと、この美しいブナの森は枯れて、壊滅してしまいます。森の生態系が壊れると山の保水力が低下して自然災害の原因になるだけでなく農業も林業も立ちいかなくなります。
鹿の大増殖はバランスの崩れが顕在化した例ですけど、待ったなしという意識をみんなで共有するのは簡単じゃない。だからと言って手をこまねいていると、未来はないと危機感を持っています。
森は”人間らしさ“を呼び覚ます
女の子
…私たち学生にメッセージをお願いします。
森って”人間らしさ“を取り戻せる場所なんじゃないかな。人間の存在や小ささを知って謙虚になるという姿勢も含めて。自然はたくさんの豊かな恵みを与えてくれるけれど、一方で自然の力って怖いですよ。あっという間に押しつぶされてしまいます。
森での体験を通して子供たちが里山の現実を知り、地球環境や、生き物と人間の相互関係について考えるきっかけになったらいいな。たったひとつでもいいから、自分ごととして考えてくれたら嬉しいです。
「森のペンション・つつみ・すくえあ」 堤 美也子(つつみみやこ)
平成元年に、一家3人で東京都から玉原高原に移住。みなかみ町体験旅行の「地域の本物に触れる体験を」という考えを聞いて、この大自然を全身で味わってほしいと、受入れを始める。